タイのバンコックに関わった事


タイのバンコックの木製品との出会いから30年が経ちました。今も東急ハンズや手作りの店の木工品を見ると手にとって見てしまいます。日本の大手スーパーが、チーク材で出来た木製サラダボールをタイで日本向けに大小サラダボールとサーバーをセットにして手作りに近い状態で作くて輸入していたのですが、日本では余り大量には売れませんでした。そこで大手スーパーは、撤退いしたのです。

家庭用品は、木製品のほかガラス材品・陶器製品・プラスチック材品・金属製品等と幅広く在り、好みで選択されます。その中で木製品はデザイン的には木を繰り抜いて作るので制約が在ります。単純なデザインが多いのです。その素朴な味を好まれる方も居ますが・・・

大手スーパーがタイでの生産を打ち切り、撤収した時窓口として担当をしていたJ.HとK.Yは、現地に残って今後もこの製品のタイでの改良、改善を図ってアメリカや日本で売れるまで頑張る覚悟を決めたのでした。二人とも30歳前後の年齢。そんな頃に、そんな二人に出会いました。

30年前のタイは、発展途上にあって活力は感じられましたが日本と比べれば暑い上にまだまだ未開発の部分が多く、今のように空港も大きくなく、入国の際にお土産のタバコを没収されたり出国の際にサンプルで作った木製品を没収されたりしました。説明はするものの出国の時間に追われたり、入国の手続きに時間が惜しいのであきらめて渡してしまいました。自動車事故を目撃しても、高級車に乗っているものは強く、警官に賄賂を渡してその場を有利に運べる、まだそんな時代でした。

タイ国民は、ほとんどが仏教徒で“微笑みの国”と言われる様に穏やかな性格で付き合いやすい反面、南国特有ののんびりした生活姿勢です。暑いので長時間活発には働けないのが身に付いていたのでしょう。日本の労働者の様に効率を上げることは大変です。雨季にはバンコックも道に水溜りが出来、一流のホテルはあるものの道路は大渋滞で汚い町という印象でした。バイクと輪タクが走る道に古い中古車が溢れていました。移動手段の中心は、三輪タクシー(サムロorトゥクトゥク)・バイクタクシー・乗り合いトラック(ソンティオorシーロー)が中心でした。この町に残って仕事をすると覚悟するのは、まだ一大決心であったと思います。

残った2人は、英語は得意でしたがタイ語が喋れる訳では在りませんでした。1人はタイ人のパートナーと木工の工場を始め、最盛期には300人近い職員を抱えるまでになりましたが、現在は、80名程度の工場まで縮小となっています。もう1人は、日本人の女性と結婚し1人子供を儲けましたが離婚して子供を引き取りタイで子育てしながらタイ人女性と再婚、新たに2人の子供が生まれ日本相手の商社活動をしながら今日に至っています。彼の娘は、バイリンガルです。父親とは日本語、母親や日常使う言葉はタイ語、学校では英語の使い手です。

文章にすると簡単に書いてしまいますが、2人の苦労は自分で選んだ道とは言え並大抵のものではありませんでした。私は、タイでドアやゴムの木(天然ゴムは20~30年すると取れなくなり伐採されて野積みされるか、焼却されるしかなくタイでは大量に安く手に入れられました。)のフローリングを試作品として作ってみましたが、品質管理の安定化の問題やロスが多くコスト力で簡単にビジネスになるとは思われず諦めてしまいました。私にとっては、寄り道でも彼らにとっては真剣勝負だったのです。それが結局は違うところでした。

タイにはミャンマーとの国境で良質のチーク材が手に入ったのですが、先進国がこぞって建築材料や家具用・船のデッキ用に伐採が進みタイ政府が原木による輸出を禁止しました。現地で生産加工するしか出来なくなったのですが、手に入りにくくなったチークの価格は、高騰しました。チーク材が安価でなくなり、ゴムの木を使う製品に切り替えざるを得なかったのです。日本で売られている学習机も現在ゴム材のものが多い。海外での事業は、言葉や習慣の問題以外に新興国のインフレや社員に通勤し易い場所への職場や工場用地の確保(高いお金を出せば勿論在りますが)や労災や労働環境の問題(木工所の場合集塵装置の設置やスプレイブースの換気の問題)等、採算に乗せるまでの初期投資にかなりのお金を覚悟しなければなりません。

残った2人は、青春を掛けて頑張ったと思います。一口に30年と言いますが日本に生まれた者が、異国に根を生やして生活していく事は、気候も食べ物も違うだけに馴染むまで大変です。大企業が手を引いた後、資金も組織も無いところから今日まで元気で過ごせた事だけでもそのエネルギーに私は、感服します。彼らも年齢は、60歳代となりましたが、“日本”の威信を掛け少し誤ると国際問題になることもある東南アジアの片隅で過ごした30数年間の責任感と努力には脱帽です。

私もこの間、8度程バンコックに出張しましたが、短期間出張するのと定住して仕事をするのとは全く違います。その国の風習に馴染み溶け込んで生活している2人の生活を目の当たりにしていますと彼らは、日本人と言うより国際人です。勿論彼らもビジネスとしてやってきたのですが大企業の撤退後、果たした役割は小さくとも、こんな日本人の地道な活動が国際社会では、日本人の評価に繫がっているのだと思います。

ロマンを追いかける そんなやつが居るから世間は面白い!

2009-12-25 (金) 8:32 by 中井 直人

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コメント

  1. タイ、香港旅行記 〜三日目〜 | Moral Hazard!!

    [...] と思いましたが、後で調べてみると、環境に優しい天然ゴムで出来たタイヤが今ブームらしいです。 現在の日本の学習机も、ゴム材で出来たものが多いそうだ。 植えられて2〜30年ほどゴムを生産し、伐採されて机になる。 素晴らしい木材だ。 (ソース) [...]

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